前橋地方裁判所 昭和63年(行ウ)6号 判決 1992年4月28日
原告
森博喜
右訴訟代理人弁護士
倉田哲治
芳永克彦
内田雅敏
内藤隆
山崎惠
被告
桐生税務署長
野口一夫
右指定代理人
加藤美枝子
外六名
主文
一 被告が昭和五八年六月二四日付けで原告の同五二年一〇月二三日相続開始に係る相続税についてした更正決定のうち、相続税額三七七六万〇六〇〇円を超える部分を取り消す。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告が昭和五八年六月二四日付けで原告の同五二年一〇月二三日相続開始に係る相続税についてした更正決定のうち、相続税額金一〇一四万〇九〇〇円を超える部分を取り消す。
第二事案の概要
一本件は、原告が、父の死亡による相続において、他の共同相続人と遺産分割協議を行った結果、遺産の一部を取得したほか、他の遺産については他の共同相続人に取得させる代わりに、共同相続人の一部から遺産分割調整金(以下「調整金」という。)を分割支払してもらうことになったが、相続税を課されるに当たり、不動産の評価額が時価に比して低額である反面、金銭の評価額は額面どおりとされたことから、原告は現実に取得した財産の時価が、他の共同相続人の取得財産の時価に比べて低額であるにもかかわらず、同人らに対する相続税課税額に比して著しく高額の相続税賦課処分を受けたと主張して、その更正決定の一部取消を請求するものである。
二争いのない事実
1 原告は、亡森喜作から昭和四三年七月一日付け遺言認知書に基づく遺言により認知された者である。
2 喜作は、同五二年一〇月二三日に死亡し、原告の法定相続分は二七分の二である。
3 原告は、喜作の相続人として他の共同相続人と遺産分割協議を行った結果、同五八年三月三一日、次の財産を原告が取得する旨の裁判上の和解が成立した。
(一) 静岡市内匠八一番五二ほか一二筆の山林1035.943平方メートル
相続税評価額 一〇三七万九九八三円
(二) 右土地上に存する立木
相続税評価額 一九二〇万二七〇八円
(三) 新森産業特許株式会社の株式三〇〇株
相続税評価額 〇円(同会社が債務超過の状態にあるため)
(四) 他の共同相続人のうち、森登喜子、森喜美男、大野由美子及び森博英から原告に対し、同五八年八月から平成元年八月まで、毎年八月三一日限り七回の分割払いにより支払われることとなった調整金四億〇二五〇万円
4 本件相続における相続財産の相続税評価額の合計額は六億五二四一万〇八二九円、課税価格の合計額は、四億四九一一万八〇〇〇円であるところ、基礎控除額である四八〇〇万円を差し引いた上(課税遺産総額四億〇一一一万八〇〇〇円)、相続税の総額を計算すると、一億四一三五万八三〇〇円となる。
5 原告は、喜作が死亡した当時において満九歳であったため、三三万円の未成年者控除の適用を受ける。
6 被告は、右和解成立以前の同五七年八月一九日付けで原告に対し、本税一二三四万二七〇〇円及び無申告加算税一二三万四二〇〇円の課税処分をしていたが、その後、右和解成立により原告の相続分が確定したので、同五八年六月二四日、原告に対し、課税価額が三億六八五三万九〇〇〇円であるとして、本税一億一七七五万九八〇〇円及び無申告加算税一一七七万五九〇〇円の更正賦課決定(以下「本件処分」という。)をなした。
三争点
1 被告の主張
原告は、喜作の相続人として、本件遺産分割協議により、前記のとおり、土地及び立木(相続税評価額合計金二九五八万二六九一円)、株式(相続税評価額金〇円)を取得したほか、調整金四億〇二五〇万円の支払を受けることとなったが、同調整金は、昭和五八年八月から平成元年八月まで七回の分割払いによる無利息分割払債権であるから、相続税の課税価額に算入すべき調整金の価額を算定するに当たっては、各分割支払金額ごとに本件相続開始のときからそれぞれの約定支払期日までの期間に対応する年八パーセントの割合で複利計算した中間利息を控除するのが相当であるところ、これを控除した後の金額は、二億一一〇九万一二一〇円となる。したがって、原告が取得した財産の相続税評価額は二億四〇六七万三九〇一円となるから、相続税法に従い、まず原告の相続税額を計算すると、七五七五万〇九七四円となり、さらにこれから未成年者控除額三三万円を控除した上、国税通則法一一九条により一〇〇万円未満の端数を切り捨てると、原告の納付すべき相続税額は七五四二万〇九〇〇円となるから、本件処分は適法である。
2 原告の反論
相続人が、相続により取得した財産が不動産であれば、相続税評価額が時価に比して低額であるのに対し、金銭であれば相続税評価額が額面どおりとされ、取得財産が時価では同額であっても、それが不動産か金銭かによって、課税価格が異なり、後者の場合は前者の場合に比して、課税価格、ひいては相続税額がより高額となるため、租税の公平負担の原則に反する結果となるので、原告の相続税額の計算は、次のとおりにすべきである。
(一) 第一次主張
原告は、遺産総額のうち法定相続分に相当する二七分の二を相続することになったところ、原告の取得することとなった調整金は、原告が取得すべき相続財産の価額と、原告が現実に取得した相続財産の価額との差額を補填するものとして原告に対し支払われたものであるから、原告が負担すべき相続税額の計算についても、二七分の二という相続割合に従って評価されるべきである。すなわち、原告は、課税遺産総額四億四九一一万八〇〇〇円のうち、その二七分の二に相当する三三二六万八〇〇〇円の財産を取得することになったのであるから、右調整金は、その価額から原告が現実に取得した相続財産の価額二九五八万二六九一円を差し引いた金額に相当する三六八万五三〇九円と評価されるべきである。
(二) 第二次主張
前記喜美男は、二億〇四八〇万七四二五円の積極財産を相続する一方で、二億〇〇六九万三五七一円の消極財産を相続しており、したがって、同人が相続により取得した純資産はその差額四一一万三八五四円でありながら、これを上回る二九八九万三六六二円の調整金の支払義務を、原告に対して負担しているが、一般に、相続人は、相続によって取得する純資産額を超えて調整金を負担することはあり得ないから、仮に、相続税評価額によって計算した結果、両者の差額がマイナスになってしまうときは、取得した純資産額と負担した調整金との差が零になるまで調整金を圧縮計算すべきであり、したがって、原告の前記調整金についても、その中間利息控除額の二億一一〇九万一二一〇円に、喜美男の負担した調整金の価額のうち、同人が取得した純資産額の占める割合を乗じた金額である二九〇四万九五八三円と評価すべきである。
(三) 第三次主張
原告は、代償分割において、調整金を交付した者が遺産分割により取得した積極財産(以下「代償分割対象財産」という。)について、自らも相続する権利を有していながら、その代償として金銭を取得することとなったために、より高額の相続税を課せられることになったのであるから、調整金の評価においては、右代償分割対象財産の時価と、その評価額との比率に基づいて、調整金の評価額を、圧縮計算すべきであり、右代償分割対象財産の時価については、原告及びその他の共同相続人らがそれぞれ主張した金額を基礎にして和解が成立した経緯にかんがみ、各主張額の平均値とすべきである。
昭和五七年五月一七日付け直資二―一七八相続税法基本通達の一部改正に伴う相続税等関係事務の運営について(以下「本件通達」という。)は、相続人が取得した調整金の金額が、代償分割対象財産の価額よりも上回っている場合について、代償分割対象財産の時価と、その評価額との比率に基づいて、調整金の評価額を圧縮計算することを認めているが、本件の場合にも、同様に圧縮計算を認めるべきである。
そこで、右により本件通達算式を適用し、本件調整金の相続税の課税価格に算入すべき評価額を算出すると、次のとおり九一四三万七三二六円となる。
402,500,000円×622,828,138円/2,741,641,027円
=91,437,326円
(四) 第四次主張
右代償分割対象財産の時価は、仮に原告及びその他の共同相続人らの各主張額の平均値とは認められないとしても、少なくとも他の共同相続人らの主張額よりも低額なものとして和解が成立することはあり得ないのであるから、その時価は最低限でも他の共同相続人らが主張した金額とすべきであり、調整金の評価においては、その価額を基準にして、第三次主張と同様に圧縮計算すべきであり、これにより、前同様に本件調整金の相続税の課税価格に算入すべき評価額を算出すると、次のとおり一億三七四六万四八五七円となる。
402,500,000円×622,828,138円/1,823,653,928円
=137,464,857円
第三争点に対する判断
一原告が、喜作の相続人として、本件遺産分割協議により、被告の主張するとおりの土地、立木及び株式を取得し、調整金四億〇二五〇万円の支払を受けることとなったところ、同調整金につきその分割支払期間に対する年八パーセントの割合で複利計算により中間利息を控除した額に右土地及び立木の相続税評価額を合算した額を原告の取得した遺産の価額とし、相続税法に従いその税額を計算し、これから未成年者控除額三三万円を控除し、一〇〇万円未満の端数を切り捨てると、被告の主張する額七五四二万〇九〇〇円となることは、弁論の全趣旨により明らかである。
ところで、<書証番号略>によれば、本件通達は、遺産分割が、代償分割の方法により行われ、代償財産が金銭である場合において、調整金を交付した者が取得した代償分割対象財産の評価額と、その者が交付した調整金の額とを比較して、後者が前者を上回る場合に適用されるものであることがうかがわれる。そして、相続税法二二条によれば、相続等により取得した財産の価額は、特別の定めがない限り、当該財産の取得のときにおける時価によることとされ、金銭の評価については同法に右特別の定めが存在しないから、調整金を含む金銭については、圧縮計算を施すことなく額面どおりに評価すれば、それに基づく課税処分は適法であると推認することもできる。
しかしながら、租税については、人の能力にできるだけ比例して納税させるべきであるとの公平の原則によるべきところ、この原則は、立法に当たってはもちろん、法規の解釈に際してもこれに従うことが要請されるものである。したがって、相続税課税の前提となる相続財産の評価についても、公平に行われねばならないものであって、評価額が、課税政策その他正当な理由がないにもかかわらず、他と甚だしく均衡を欠く場合には、その価額は適正とはいえず、それに基づく課税処分もまた違法となるというべきである。
二<書証番号略>、証人森恵子の証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
原告は、昭和五四年、東京地方裁判所に検察官を被告として、原告が喜作の子であることの認知を求める訴えを提起したところ、喜作の共同相続人らが同訴訟の被告補助参加人となり、深刻な争いに発展し、昭和五六年一〇月一九日、遺言執行者森恵子により原告が喜作の子として認知の届出を受け、その後、同裁判所の勧告に従い、喜作の遺産分割につき協議を重ね、原告及び右被告補助参加人らが、同訴訟の和解手続において、喜作の遺産についてそれぞれ時価評価額を算定し、同裁判所が双方の右評価額を基礎として各自の取得する遺産及び原告に支払われるべき調整金の金額についての案を提示し、昭和五八年三月三一日、当事者及び利害関係人間に別紙和解条項のとおり、原告が調整金として四億〇二五〇万円を他の共同相続人から七年の分割支払により受ける旨及び他の共同相続人らが、原告が亡喜作の非嫡出子たる地位を有することを認める旨の条項を含む和解が成立した。
右認定事実によれば、原告の本件取得分を決定するに当たり、右和解条項中には、原告の法定相続分を変更する旨の合意があったとの記載もないから、分割時の時価で喜作の遺産を評価したうえ、原告の法定相続分である二七分の二の割合によって遺産を分割することとし、これにほぼ相当する財産を原告に取得させるべく、裁判所の公平な勧告に従い、協議がなされた結果、原告及び他の共同相続人間に右の合意が成立したものと認められる。
三そこで、原告の第一次主張について判断する。
相続税法は、一七条において、相続税額は、その被相続人から相続又は遺贈により財産を取得したすべての者に係る相続税の総額に、それぞれこれらの事由により財産を取得した者に係る相続税の課税価額が当該財産を取得したすべての者に係る課税価額の合計額のうちに占める割合を乗じて算出した金額とする旨定める一方、同法五五条において、例外的に、遺産が未分割である場合に限り、民法の規定による相続分の割合により財産を取得したものとしてその税額を計算するものとしているにすぎない。したがって、前示のとおり、既に遺産分割が行われた本件の場合には、相続税額の算出は当該相続人の具体的に取得した財産の課税価額を算出する方法によるほかはなく、当事者間の合意が原告の取得する分をほぼ法定相続分相当としていたとしても、そのことから直ちに原告の主張するごとく法定相続分の割合によって相続税額の負担割合を算出する方法は前記法条に反するものであって採用できず、第一次主張は理由がない。
四次に、原告の第二次主張について判断する。
右主張は、喜美男の認識していたと認められる同人の負担する調整金の額とその取得した純資産額の時価との比率を、原告の取得した調整金の評価に用いようとするものであるが、そもそも調整金は、特定の相続人が代償分割対象財産を手放す代わりに、それを補填するため支払われるものであることからすれば、その評価の基準として、代償分割対象財産の価額を用いるのであれば格別、原告の主張するような事情を考慮に入れても、特定の相続人が取得した純資産額のみを用いることは、十分な根拠もなく、合理的ともいえないから、このような基準を前提とする原告の主張は採用できず、第二次主張は理由がない。
五進んで、原告の第三次主張について判断する。
前示のとおり、原告及びその他の共同相続人は、代償分割対象財産と調整金とは価値においてほぼ等しいとの認識を有していたと認められる以上、原告としては、仮に代償分割対象財産を取得した場合あるいは調整金を取得した場合とのいずれにおいても同額の相続税を負担すべきところ、原告は、前記のとおり、相続財産の時価計算による総額のうち約二七分の二に相当する財産を取得したと認められるのに、本件処分により、相続税総額の一億四一三五万八三〇〇円の約八三パーセントに該当する一億一七七五万九八〇〇円(ただし、国税不服審判所長のした同六三年六月八日付け裁決により、本件処分の七五四二万〇九〇〇円を超える部分については取り消されたが、それでもなお総額の約五三パーセントに該当する金額である。)に及ぶ相続税を負担する結果となっており、それは、主として、原告が調整金の交付を受けたことによるものであって、他の共同相続人の財産取得額及び負担相続税の割合に照らせば、甚だしく均衡を欠いていると言わざるを得ず、前記、租税の公平負担の原則に反しているというべきである。したがって、本件処分は違法であると解するのが相当である。
そこで、調整金の価額の評価について検討する。
前述したように、原告及びその他の共同相続人らは、原告が本来ならば取得できるにもかかわらず手放した財産、すなわち代償分割対象財産と、それに代わるものとして原告が取得した調整金とは、その価値をほぼ同じくするとの認識を有していたと認められるから、本件遺産分割当時、原告及びその他の共同相続人らが評価していた代償分割対象財産の時価をもって調整金の評価額になると解するのが相当である。調整金の額については、前示のとおり、本件遺産分割協議の際、原告及びその他の共同相続人らが、喜作の遺産についてそれぞれ時価評価額を算出した後、裁判所の勧告に従い、双方の評価額を基礎にして調整金の金額について協議した結果、双方が四億〇二五〇万円で合意したものであって、その金額が確定した過程に照らせば、代償分割対象財産の価額は、<書証番号略>により認められる原告の主張額三六億五九六二万八一二六円と、その他の共同相続人らの主張額一八億二三六五万三九二八円との平均値である二七億四一六四万一〇二七円とするのが相当である。
もっとも、<書証番号略>(桐生税務署大蔵事務官作成の質問てん末書)の中には、<書証番号略>(相続財産評価相対表)に記載された双方の算定額は、調整金の対象として算定したものではない旨応答がされたとの記載が存するが、一般に相続人が相続財産の価額を算定するに当たっては、日常の取引価格を念頭に置くのが通常である上、<書証番号略>及び証人森恵子の証言によれば、右<書証番号略>は、双方の訴訟代理人が提出した書面に基づき別件の被告補助参加人ら訴訟代理人が作成したもので、これにより調整金が合意されるに至ったことが認められるのであるから、<書証番号略>中の右記載は採用できない。
そして、右認定の評価額に基づき原告の相続税額を算定すると、被告による本件処分は調整金につき九一四三万七三二六円を超えて評価した部分、すなわち、原告の納付すべき相続税額につき三七七六万〇六〇〇円を超えて賦課した部分は違法と認められる。
第四結論
以上によれば、本訴請求は、本件処分のうち三七七六万〇六〇〇円を超えて賦課した部分についての取消を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条本文をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官川波利明 裁判官田中由子 裁判官柴﨑哲夫)
別紙和解条項<省略>